「紀州のドンファン」事件について思うこと
紀州のドンファンが死亡した。紀州のドンファンというのは、その男性の自称である。彼は日本人で、ドンファンとは伝説上のスペイン人プレイボーイの名前なのだそうだ。
紀州のドンファンは女好きの富豪だった。死亡の際に体内から覚せい剤の成分が検出されたとかで、この事件についてニュースで連日報道している。
私が思うことは、なぜこの事件を連日報道する必要があるのかということだ。NHKでも毎日のように報道しているが、内容はほとんど同じだ。全然進展していない。
紀州のドンファンが死んだ、死因は調査中。これを毎日報道する必要はあるのだろうか!?
死因が確定していないし、自殺なのか、殺人なのかも、よくわかっていないらしい。
55歳年下の妻がいることや、美女4000人に30億円を貢いだ破天荒な富豪であること、その死には謎が多いこと。
私が想像するに、この事件はエンターテイメント性が高いから報道しているのだ。人の死をエンターテイメントとしてとらえているのだ。
じっさい、推理小説を好む父は「サスペンスみたいだ」と喜んでいるし、なぜこんな報道が毎日続いているのかについても疑問を持っていない。
だが、もっと別に報道するべきニュースがあるだろう。紀州のドンファンの死因がはっきりして、事件が解決したらその時に報道してくれ。そう考えるのは少数派かもしれないが。
人の死さえエンターテイメントにしてしまう。制作側はそれが報道のあり方として問題ないと思っているのだろうか。単に死者をバラエティではおもちゃとして扱えないから、ニュースで流しているだけのように思える。そこに卑劣さを感じて、報道のたびに呆れてしまうのである。